海を渡ったX線装置
戦後の一台から始まった、海外挑戦の物語
初めて海を渡ったのは昭和27年
戦後まもなく、旧マリアナ資金でオハイオ州立大学へ渡った一人の学生が、日本から持ち帰った装置を大学に紹介したことがきっかけでした。この“偶然の出会い”から、私たちの海外展開は始まります。しかし、製品を正式に輸出できるようになるまでの道のりは、決して平坦ではありませんでした。
予想を超える壁との遭遇
海外市場には、想像以上に多くのハードルが待ち構えていました。例えば、用途が限定されていないX線装置は輸出が禁止されていたこと、国ごとに異なる放射線機器の規制基準、日本では考えられない電源事情、想定外の使われ方による故障の多発などです。現場で起きるトラブルは、未知のことばかり。それでも「日本の技術で支えたい」という想いを胸に、ひとつひとつ改善策を積み重ねていきました。
世界の市場へ
どんな不具合も向き合い、時に現地へ赴き、耐久性や安全性をさらに磨く。こうした地道な努力が評価され、少しずつ海外の販売店・代理店が増えていきました。
上の写真は、当時の協力パートナー企業の一例です。各国のパートナーと連携して販路を開拓してきた結果、2026年現在もアメリカの Mini X-Ray 社やオーストラリアの DLC 社とは良好な関係が続いています。いまでは、アメリカやオーストラリアをはじめ、フランス、インド、台湾、イラン、英国、ベルギー、南アフリカ、ニュージーランドなど、多くの国々で私たちの製品が活躍しています。
未来へつながる、ミカサのものづくり
海外での挑戦は、私たちにとって“技術を磨く場”でもありました。現地の環境やニーズに合わせた改善を重ねることで、製品の堅牢性や安全性、信頼性はさらに向上。今、海外で安定供給できるのは、当時の一つひとつの試行錯誤があったからです。世界中で使われるミカサエックスレイの小型X線装置の背景には、戦後間もない一台の装置から始まった、長い挑戦の歴史があります。これからも私たちは、より多くの医療現場に確かな技術を届けるために、挑戦を続けていきます。

